
2026年4月14日(火)、代官山蔦屋書店でノトノコエリトルブックの発売によせて、トークイベントが行われました。
ファシリテーターはクリス智子さん、ゲストはvilla della pace 平田明珠シェフ、リオネル・ベカ シェフ、フードコーディネーター&通訳の勅使河原加奈子さんです。
リオネルシェフが初めて平田シェフとお会いしたのは、2018年、コラボイベントの準備で能登に訪れた時でした。「能登の光と景色に心を奪われた。」それから撮り続けている多くの写真に、平田さんは「自分たちが素晴らしい土地に住んでいると改めて感じた」と言います。会場はリオネルシェフの写真が飾られ、また、4名の席の背面に大きく映し出されることで、参加された皆様は美しい海や神聖な森、木々を見ながらのトークとなりました。
リオネルシェフは震災前・後の能登の課題に関して質問を受けた際、根本的には行政の力が必要だが、自分は、美しいものを見せることに意味があると言いました。たくさんの情報の中では不安を煽るものもあるが、この本で、美しいもの、大切なものを伝えている。自分はお金とか、そういうことではない価値を表現しているとのことでした。

「ノトノコエ」が始まったのは2024年5月、銀座のエスキスで平田さん、ラトリエ ド ノト池端隼也シェフ、塗師の赤木明登さん、杣径の北崎 裕さんを迎えてのイベントでした。まだ炊き出しが終わった位の、地震の傷が痛々しい能登の状況を、能登の声をどう伝えていくか、とことん語り合ったと言います。平田シェフは「5月のイベントが希望だった」そう。そして、「ノトノコエ」という言葉に導かれるように、第二回、第三回と能登でイベントが行われ、今「ノトノコエ リトルブック」が生まれました。
リオネルシェフは平田シェフに、東京から能登に移住され、自然と食材の近くで素材の声をどう伝えるか正面から向き合っている姿勢に感動し、とても勇気があると、また自分と同じタイプの料理人と言います。
平田シェフは能登に住み、行事やお祭りで特徴的な食文化を知るにつれ、歴史の深さやの面白みを感じてきたそうです。地震をきっかけに能登の文化が失われていくことに危機感を感じ、昨年より、イタリアンの形にこだわらない、農村漁村料理をインスピレーションの原点とした「能登饗藝料理」を展開されています。能登でしかできない料理。地震がきっかけではあるけど、自分の中に変化が起こり、やりたいと思っていたことができるようになったとのこと。

勅使河原加奈子さんによると、美食家にとって、輪島のラトリエドノトから七尾のPaceに行くコースが定番となっていた。しかし輪島の痛手が大きく、ラトリエドノトが半壊となってしまった。思いを寄せて他県から来られた方も一通り落ち着いてしまい、2025年から能登を訪れる方がとても少ないそう。Paceももちろんですが、七尾の温泉も楽しめますし、多くの方に訪れてほしいという想いを伝えられました。
ノトノコエ リトルブックは、クリス智子さん、リオネルシェフ、勅使河原加奈子さんの3人の自費出版で生まれましたが、編集の藤木洋介さん、デザインの宮添浩司さん、翻訳はスミス・アレクサンダーさんなど、多くの方が力を寄せて下さいました。(「リトルブック」のカバーのデザインイメージは「光」なのだそうです。)
寄稿、また写真やイラストなどを石井かほりさん(映画監督/プロデューサー)はじめ著名な皆様が二つ返事でご了承くださったとのこと。皆さんへの感謝の気持ちを示されていました。また、クリス智子さんには、「能登の声」を伝える道標となって下さり、勅使河原さんから感謝の言葉が伝えられました。
また、会場にいらしていた石井かほり監督から言葉を頂きました。
「能登には、失われていないものがある。建物が壊れて人もいなくなっても、住み続けている人には希望がある。15年、20年後に、過疎化の問題を抱えているかもしれないが、地震がなければただ音もなく無くなっていっただけだろう、震災は残酷だが、それで注目されて、今までとは違う人たちが能登に関心を寄せていることに地元の方は感じている。そこに何かのチャンスがあるかもしれない、違う時計を手にしたようだと言っている人がいる。
2024年の1月に、東日本大震災を経験した方が既に各地域に入っていた。東北では復興を急いで、これは望んでいた復興なのか?と思う事もあるそう。10年、20年後に住みたいか、望む能登らしさがあるか、遅い復興の反面、慎重にポジティブに行えたら良い。能登の方たちだけでなく、外部の人間も積極的に関われたら良いと思っている。」
最後にクリス智子さんより、関わっていく人に何ができるか、それぞれに考えたら良いし、「行っていいのかな?」と思った時は、まず行ってみて、自分で何かを感じたら良いと思う。楽しみにお出かけいただきたい、と締められトークイベントは終了しました。

